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ながい・するみ
1961年東京生まれ。東京藝術大学中退、北海道大学農学部卒業。96年「隣人」で小説推理新人賞、同年「枯れ蔵」で新潮ミステリー倶楽部賞受賞してデビュー。著作に「ソナタの夜」「俯いていたつもりはない」「ビネツ」など。
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| photo: ©CORBIS JAPAN
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雪で路面が濡れている。明日美は車を慎重に走らせる。
雪虫が飛んでいるのに気付いたのは火曜日。木曜日には初雪が降り、そして、土曜日のきょうまで降ったり止んだりの天気が続いている。
札幌では大抵、十一月の初旬から中旬にかけて、車のタイヤを冬用のものに換える。明日美は毎年、初雪の降った週末にディーラーに行くことにしている。昨年は、嵩大(たかひろ)と一緒だった。
嵩大は東京のコンピュータ会社のシステムズ・エンジニアで、市内に新しくオープンする大型ホテルのシステムを担当するために、八ヶ月間の契約で札幌に派遣されていた。
明日美が仕事帰りによく行く定食屋に、嵩大も一人で食事に来ていた。カウンター席で隣り合わせ、話をするようになった。昨年の九月のことだ。以来、何度も一緒に食事をし、街を歩いた。
「きれいな街だね」と嵩大は札幌を誉めた。「派手じゃないけど、静かにきれいだよね」
「それって私みたい?」ふざけて訊くと、嵩大は真面目な顔でうなずいた。
車を駐車スペースに入れる。ディーラーの担当者に、予約してあると告げる。車のキーを預け、ショールームで待つことにする。
二十歳で免許を取ってから七年間。毎年、こうやってここに座り、ときおり思い出したように降る雪と、忙しく立ち働く整備員の姿を眺めながら、長い冬が始まったことを知るのだ。それはほとんどの場合、憂鬱で気の重くなる自覚だったが、昨年は違った。スキーに行こう、流氷を見に行こう、雪景色の温泉もいいな、などとうきうきとした口調で語る嵩大がそばにいたから。その言葉通り、二人でいろいろなところに行った。冬は瞬く間に過ぎてしまった。あまりにも早く。
東京に戻った嵩大は仕事が忙しいらしく、休日に札幌に来ることはままならなかった。それなら今度の休みに私が会いに行く、と明日美が言っても、ごめん、仕事なんだ、と断られた。
本当に仕事で忙しいから会えないの? 最初から私とは札幌にいる間だけの付き合いだって思っていたんでしょう。東京に恋人がいるんじゃないの?
そんなことないよ。もうしばらく待ってくれよ。明日美の電話やメールに、嵩大はそんなふうに返してきていたが、しばらくすると、いい加減にしてくれないか、と言ってきた。面倒くさくなってきたよ、と。面倒くさいんならもうやめましょう、というのが明日美の最後のメールだ。本気で別れるつもりなどなかったのに、それきりになってしまった。あれから三ヶ月が経つ。
ショールームの一角でコーヒーがサービスされている。もらいに行こうとして立ち上がったとき、自動ドアが開いた。入ってきた男を見て、明日美は呆然と立ち尽くす。
「どうして」掠れる声でようやく言った。
「木曜日に札幌で初雪が降ったって、ニュースで知った。だからきょう、明日美がここに来るだろうと思ったんだ」嵩大が言った。
「こっちに来るって、知らせてくれればよかったのに」
「ここで会えなかったら連絡しようと思ってたよ」
「でも、どうして」
「どうして、どうしてってそればっかりだな。理由はもう言ったよ。明日美がきょうここにいると思ったから、来たんだ」
「三ヶ月も連絡してくれなかったくせに」
「ごめん。忙しかったんだ。落ち着いてからゆっくり明日美と会おうと思ってた」
また、どうして、と言いそうになって、明日美は口をつぐんだ。
「会いたかった」と嵩大が言った。
窓を見ると、雪が激しくなったようである。白く煙って、車も人も輪郭がぼやけている。
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