

デビュー作の『踊るナマズ』だけでは、一冊の単行本にするにはページが足りなかった。そこで、もう一篇を追加することになり、『上海テレイド』が生まれることに。書いた期間は、なんとたったの2週間!
「雑誌『すばる』に収録して、それから単行本に……ということになったら、締め切りまでほとんど時間がなくって。賞をいただき、せっかくウキウキしている時だったのに(笑)。喜んでいるヒマもなく、とりかかりました。もちろん、急かされて書かせていただける、というのはありがたいこと。だから、原稿を書いている間、苦しみの混じった喜びを感じつつ、必死で書きあげました(笑)」
『踊るナマズ』の前にも、一年に一つずつ、5年間にわたって作品を書きためていた、という高瀬さん。といっても、自分にノルマを課していたわけではないので、『上海テレイド』は、雑誌に掲載されること、読者が必ず存在することを承知して書いた、初めての作品となった。
「もともと、自分を追い込むのが嫌いじゃないし、作品を生み出す過程で“書けそうだ!”というポイントを見つけたら、苦しみが一気に楽しさに変わる性格なんです。生み出さなくてはならない、という責任感を持って書くのがプロ意識だと思うんですが、その責任感を自分がきちんと持っているのかどうか、それはちょっとまだわからないですね(笑)。
ただ、“書く順番”は今までと違っているのは確かです。これまでは原稿を書いた後に、タイトルを決めていましたが、『上海テレイド』は締め切りの関係で、先にタイトルを決めました。モチーフ自体は、以前からあたためていたものですけれども、思いついたタイトルは自分でもすごく気に入っています。タイトルで雰囲気がずいぶん違ってきますね。たとえば『北京のかぼちゃ』なんてタイトルだったら、内容が全然違うものになっていたかも」
大学時代は心理学を専攻していた。今も、高瀬さんの最も興味あるもの、それは人間の中にある「心」だという。
「昨日の自分と今日の自分が同じように考えているとは限らない。人の心はどんどん変化する、とらえがたいものです。そのとらえがたい心が、これからも私の小説のテーマとなると思っています。私はよく、“話がとぶ”と人から言われるんですが、頭の中で考えていることを全部しゃべるというのは難しいですよね。だから、私の中ではつながっているんですけど、しゃべる時には結論だけになっていたりして、聞いているほうはつながらないみたいで(笑)。でも、書くことは、ひとつひとつ吟味し、整理する作業。だから、書くことを通して、私も自分自身を改めて知る、という感じがしています」
ところで高瀬さんは、東京大学出身である。インタビュー中も、言葉を選び、質問の意図をひとつひとつ確認しながら、丁寧に答えてくれる。一見、「スキのない人」という印象だ。しかし、東京生まれ・東京育ちのうえ、何度も今回の取材場所となった集英社に来ているというのに、駅を間違えてしまったという。意外にも、おっちょこちょい(!)な人らしい。
「集英社は“神田神保町”にあるんだから、駅は“神田”だったはず……と思ったら、“神保町”だったんですね。駅員さんに『集英社はどっちですか?』と聞いても全然わからなかったので、焦ってしまいました。いや、もう本当にお恥ずかしい(笑)」
えーっと、神田と神保町は、近いように見えて路線が全然違うんですが……。と、ちょっと親近感がわいたところで、高瀬さんの読書歴についても伺ってみた。小説に興味を持ったのは、いつでした?
「小学校の頃、図書館で押してもらうスタンプの数を集めたくて――あ、ちなみにスタンプだったら私は何でも好きで、今も商店街のスタンプとか集めています(笑)――とにかく日本文学全集など、片っ端から読んでいきました。それで、小説の面白さに目覚めました。何でも読みましたが、特に好きだったのは、志賀直哉。なんだか渋いですね。あとは、田山花袋の『蒲団』も印象に残っています。なに、その最後は!と思ったんですよねぇ。蒲団を抱き締めて泣く? そりゃないだろう、とツッコミを入れたりして(笑)」
そんな早熟な読書家の少女だった高瀬さんにとって、「好きな本」の重要な条件として「装丁がキレイ」というのもあったそう。
「装丁が美しいと、やはりとても惹かれます。ただ、装丁が美しいからといって、中身も面白いかというと、必ずしもそうじゃないってことも、だんだんわかってきましたが(笑)。今は、美しい装丁であるにこしたことはない、といった程度で選んでいます。でも、『踊るナマズ』は本当にステキな装丁にしていただいて。すごくうれしいです」
次の作品の草案は、すでにもうできている、という高瀬さん。内容も、装丁もステキな単行本となったデビュー作『踊るナマズ』につづく次作も大いに楽しみだ。
インタビュー・文/中沢明子