
昨年、第29回すばる文学賞を受賞した高瀬ちひろさん。受賞作となった『踊るナマズ』は、不思議なあたたかさに包まれた小説である。母が胎児に向かって語り聞かせる、生まれ故郷でいにしえから伝わるナマズの話と当時の甘酸っぱい思い出。ナマズにまつわる伝説と主人公のヰタ・セクスアリスが絡み合い、生命の神秘が鮮やかに描きだされた作品だ。
味わい深い物語で颯爽と文壇デビューした高瀬さん。それにしても、モチーフがナマズとは……。思いついたきっかけは、なんだったのだろう?
「私は東京生まれ、東京育ちですが、夫の転勤で今は九州に住んでいます。それで、05年に福岡市に開通した地下鉄七隈線の路線図を見ていたら、福岡市の地下鉄の駅には全てシンボルマークがあるんですが、賀茂駅のシンボルマークがナマズだったんです。そのナマズがかわいかったのと、どうしてナマズなの? という疑問がわいて。調べてみると、土地に伝わるナマズの伝説に基づくものでした。その伝説を知った時、モヤモヤと書きたいと思っていたテーマが、これをきっかけとして書けるのではないか? と感じたんです」
もともと九州は民話や伝承が盛んな地域で、変わった伝説がたくさんあるという。また、九州でのナマズの扱われ方も、高瀬さんの興味をひいたそうだ。
「たとえば、昔はナマズが全国的に食されていたのですが、九州ではナマズを神聖な魚として食べない地域がいくつかあったとか。そうした違いが、私は東京から来た人間ですから、面白いなあ、と思いまして。もちろん、ふだん、特にナマズの話がよく出るわけじゃないですけどね(笑)。でも、駅のマークに出てくるほど伝承が残っていて、それを九州の人々はあまり不思議に思わず、なんとなく受け入れている。そのことが私から見ると不思議でした。そこにいる人にとってはあたりまえな物事が、他から来た者にとっては新鮮にうつることもあると思います。1日乗車券を買って、福岡をまわってみたりもするんですよ(笑)。そうして歩いてみた町のなかに、『踊るナマズ』で描いたような雰囲気の町もありました」
『踊るナマズ』には、とりつかれたようにナマズの絵を描き続ける、語り部の叔母・小夜子を筆頭に、ちょっと変わった人々が登場する。変わった人、というのは現実の生活では、往々にして周囲と衝突し、生きにくさを抱えているもの。が、この物語で描かれた町の人々は、自然に彼らを受け止め、みんな一緒に生きている。つまり、人々がとてもやさしい町なのだ。
「理想郷を描きたかったのかもしれません。私は以前、警察の研究所に勤めていまして、犯罪と被害の問題についていろいろ考えさせられることが多かったのですが、そこでこう思いました。人間の暗さは、明るさとも必ずつながっているはずだ、と。なぜなら、殺人者だって、いずれは改心するかもしれないわけですから。ただ、やはり仕事上、“暗い部分”を見つめることが多かったので、反対側の明るい部分を見つめたいという思いが募って。それで、こうした物語になりました」
単行本となった『踊るナマズ』には『上海テレイド』という短篇も収録されている。こちらは、万華鏡を作っている女性が、依頼主に母の形見のテレイドスコープ(万華鏡の一種)について語り、その話がやがて、彼女の禁断の愛についての告白になっていく、というストーリー。一見、『踊るナマズ』とは正反対の「人間の暗い部分」に焦点が当たっているように見えるが・・・・。
「二つの物語に共通するのは、祈り、だと思います。それは神に祈るというよりも、もっと違う何かに対して、です。たとえば、子どもがどういう人生を送るかなんて全然わからない。でも、だからこそ、自分の人生や、夫との馴れ初めはどうだったかを子に語りかける。それは、祈りそのものだと思います。昔話や伝承の中にも、祈りといったものは存在していて、それと似ているような気がしますね。母が子の幸せを祈る。あるいは、よるべない存在である自分、生命の危機感について祈る――『踊るナマズ』も『上海テレイド』も、よるべなさへの祈りという意味で、私としては同じテーマを書いたつもりです」
インタビュー・文/中沢明子