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杉山 愛(すぎやま あい)
1975年7月5日、神奈川県生まれ。7歳の時にテニスを始める。91年、日本人初の世界ジュニアランキング1位を獲得。翌年17歳でプロに転向、世界を舞台に活躍を続けている。99年、全米オープン混合ダブルスで日本人初の優勝、2003年には全仏オープン・全英オープンで優勝を収める。本人がもっとも重きをおくシングルスでは、2004年2月に世界ランキング8位。アテネオリンピックを含め、今後も活躍が大いに期待される。
オフィシャルサイト
http://www.ai-sugiyama.com |
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杉山芙沙子&愛 著
集英社 刊
定価:1575円
ISBN:4-08-333028-7
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| 世界の第一線を走りつづけるプロテニスプレーヤー、杉山愛。その活躍の陰には、精神的・肉体的に過酷な日々を送る彼女をささえる母・芙沙子の姿が常にあった──。お互いを信頼し尊敬しあう母と娘が、持てる力すべてを合わせて「世界」に挑戦しつづける姿を自らつづった一冊。 |
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17歳でプロテニスプレーヤーとして世界にデビューしてから11年。いま最も波に乗っている杉山愛さんが、コーチでもある母・芙沙子さんと一緒に本を出版した。『コラボレーション
−母と娘の世界挑戦−』と題された本の中には、類稀なる絆で結ばれた親子の歴史が記されている。
「幼い頃の私は、いつも母と一緒の典型的なママっ子でした。私は母から何かを強要された記憶も、母に反発した記憶もないんです。でも、自分の記憶が正しいとは限らないので、母がこの本の中でどんな昔の話を紹介してくれたのか、とても楽しみ。お互いに忙しい合間を縫って原稿を書いたので、まだ全然、母の文章は読めていないんですけどね(笑)」
本格的にテニスを習い始めた7歳から現在まで、ずっと二人三脚で頑張ってきた杉山さん親子。愛さんの成長と一緒に、芙沙子さんもコーチとして成長してきたように見えるが……。
この20年で「お母さん、変わったなぁ」と思う点は?
「母親としては昔も今も変わらず、優しい母です。ただ、2001年に母が私のコーチとなり、一緒に仕事をするようになってからは、妥協を許さず、厳しくなってきたと思います。でも、突然、怒ったり感情的に話すことはないですよ。その点はこの20年間、全く変わりません。私は自分のコンディションによっては感情的になることも多いのですが、そんな時でも母は落ちついていて、おおらかに私を受け止めてくれます」
2001年、愛さんの要望でコーチに就任した芙沙子さん。テニスは趣味ですることはあっても、選手経験はない芙沙子さん。だが、選手の動きを見定めるその"眼"は、愛さんが「あれは天性のもの、神様からのギフト(贈り物)だ」と感嘆するほどだそう。
「母は選手の身体の動きを見る"眼"がすごい! さらに、それを正しい動きに修正するための練習方法を、何種類も提案できるところもすごいと思います。正式なコーチを引き受けてから、私の知らないところでたくさん勉強してくれたんでしょうね。母がコーチについた当時、私はひどいスランプに陥っていたんですが、彼女の指導を受けるようになって、私のテニスは打ち方からして変わったんですよ」
技術的な指導だけでなく、精神的な面でも芙沙子さんは愛さんの大事なコーチ。愛さんは人生の節目に母から贈られた言葉を、大切に心に刻み込んでいる。
「母の言葉でとくに心に残っているのは2つ。1つは17歳でプロに転向しようとした時の『好きなことを仕事にできて、それが人のためになるのは素晴らしい』というフレーズ。2つ目はスランプからなかなか抜け出せずに、テニスを辞めようかと思ったときに言われた『いまテニスを辞めたら、この後、どんな仕事についても結局、うまくいかないと思う』という言葉です。この一言で『私はテニスを辞めてまでやりたいことなんてない!』と、吹っ切れました。」
芙沙子さんと愛さんの関係は、すべての母娘の理想。二人はその絶妙な距離感を保つために、どんなことに気をつけているのだろう。
「離れたい時は距離を置き、一緒にいたいときは一緒にいる。そんな風にお互い気負わずに自然体で過ごしています。ツアー中はホテルの部屋を別々にして、お互いの時間を確保することもあるんですよ。でもベースは、お互いに尊敬しあい、思いやる気持ち。私たち親子は『相手を思いやれる性格』だけは共通しているんです。相違点? それは数えきれないです(笑)」 |
構成・文/鈴木カオル |
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