〈牧場で動物たちと暮らす〉 それは、小さい頃からの夢だった。
けれど小さい頃の私は、動物に触れる機会もほとんどなく育ち、動物園にさえも行った記憶がない。
田舎に生まれ育ったものの、周りは米農家ばかりで、見るのは赤いトラクターばかり。
なぜ、動物や牧場に憧れたのかというと、全くの無い物ねだりに他ならないのかも知れない。
やっと、手に入れた夢の始まり。
だけど……牧場の仕事の経験もなく、動物だって、本当はどう接していいのか……私には分らなかったのだ。それに、のどかな国に憧れてカナダにやって来たものの、英語も苦手。
そんな私を自己評価すれば、やる気100%、即戦力0%……。 |
しかし! 私は頑張った!
「めちゃくちゃな英語でもハッタリだ!」
「躊躇しては、何も始まらないのだ!」
と、勝手な自信で突き進み、とりあえず行動を起こした。
牧場で使う名詞は特に必要不可欠。バケツや熊手、ほうき、馬房の工具、餌、馬の糞、猫の糞……なんでも目に入るものを指差して「これはなんて言うの?」と、とにかく聞いた。
そんな英語との格闘の中、ダイアナお婆ちゃんが広告の裏白の紙と鉛筆を持ってきて、一頭一頭、一匹一匹の動物たちの名前を書き出し、私にそれぞれの名前を覚えるように言った。
勿論のこと全て英語の名前だ。
レディー、ベッシー、ネリー、タフィー、ホーリー、フラックル、タムー、ダスティー、ミスティー、パフィー、セージ、ディクシー、サーモ……もうお手上げ。カタカナばかりで、くらくら眩暈がする。 |
ミステリーランチに、
ベビーシーズンがやってくる! |
「もうすぐ牧場の春、ベビーシーズンが来るよ」
ダイアナお婆ちゃんの手伝いをしているトレーシーがウインクをしながら言った。
彼女の言葉に「どれどれ……」とばかりに動物たちをよく観察してみると、馬も牛も、羊も猫も、犬までも、みんな酒樽のようなお腹を抱えている。 |
「さてさて、一番手はどの子でしょう?」
今春一番の出産に、トレーシーは賭けを始めた。
「ん〜。馬かな?」私は言った。
「馬はまだだね。予定日が2週間ほど先だからね」
馬の出産は人間と一緒で、予定日を算出することができるために、トレーシーはすでにいつ頃生まれるかを知っていた。
「じゃあ。犬のディクシーかな? あのオッパイは凄いもの!」
黒ラブラドールのディクシーは、私を見るなり喜んで駆け寄って来るのだが、左右にオッパイを大振りにして走ってくるのだ。まるで背中につきそうなくらいに。 |
「いやいや。まずは、羊が早いわね。羊の中でも、モーリーよ」
この賭けには、トレーシーが勝った。
春のベビーシーズンのオープニングテープを一番手に切ったのはトレーシーの予想通り、羊のモーリーだったのだ。
「でも、なんでモーリーって分ったの?」
「それはね、20匹もいる羊のなかにオスは1匹でしょう。交配にも序列があるのよ。まずは年上のお姉さまたちから。だから最年長のモーリーが一番手よ。最長老だけどね」
トレーシーは得意げなウインクをしながら言った。
へ〜。なるほど〜。羊の世界にも年功序列か〜。 |