

野中ともそ(のなか・ともそ)
明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。音楽ライター、編集者、イラストレーターとして活躍したのち、1998年「パンの鳴る海、緋の舞う空」で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著作に、小説「宇宙でいちばんあかるい屋根」「カチューシャ」「世界のはてのレゲエ・バー」、アンソロジー「Teen Age」、翻訳絵本「もぐらのバイオリン」などがある。ニューヨーク在住。
http://www.tomoso.com/
『おどりば金魚』。不思議なタイトルである。あらためて「おどりば」を広辞苑で引いてみると、階段の中途の踏板を広くして足休めとした場所、とあった。足休めの場所なのに「おどりば」とは妙だが、考えてみれば私たちは、悩んで小休止したときほど心をバタバタさせているのかもしれない。
野中さんの短編集に登場するのも、悩みのただ中にいる不器用な人たちばかり。自分の居場所が見つからずに道を決めかねている人、誰かがくるのをじっと待っている人…。でも、その届かぬ気持ちやひっそりと生き続ける思いを、野中さんは「それでいいんだよ」とやさしく包み込み、人生の「おどりば」をちょっと幸せな場所に変えてくれる。そしてもうひとつ、収録されている7つの物語には意外な仕掛けがあった。久しぶりに読む楽しみを味わえる短編集だ。
まず、『おどりば金魚』という不思議なタイトルの由来からお聞かせください。
「ずいぶん前から『おどりば』という場所が気になっていて、その場所をテーマに小説を書きたいと思っていました。建物の内でも外でもなく、上へ行くでも下へ行くでもなく、どこへでも逃げられ、自分の立ち位置が定まらない場所ですよね。15年ニューヨークに住んでいますが、アメリカの人はよく、おどりばに出て煙草を吸ったり、電話をしたりしているんです。それぞれの人生模様があるというか。でも、英語でおどりばLanding。着陸の意味を持つので、日本語のニュアンスとはかなり違います。英語で書いたら別の話しになっちゃいますけどね(笑)」
朝起きたときに、依子さんはちいさな発見をした…。最初の短編はこう始まります。
主人公が「さん」づけだからか、とてもやさしく、新鮮な印象を受けました。野中さんの小説で、この文体は初めてではないですか?
「主人公を『私』や『僕』で書くと気持ちが入り込み過ぎてしまうので、今回は物語を俯瞰して書きたいと思ったんです。依子さんは…と書いていくと、依子さんに愛着が出てくる。書いているうちにやさしい気持ちになってきて、自分でもちょっと発見でした」
また、短編集全体の仕掛けがワクワクさせますね。ある短編に登場した人物が、ほかの短編では主人公になっていて、実は、一人ひとりに物語があるのだとわかる。次は誰が、どんな関係で登場してくるのか楽しみに読みました。
「みんな不器用だから、やさしさや思いやりをうまく表現できなくて、すれ違ってしまう。実際の人生もそうだと思うんです。でも、ほかの人の思いがわかればやさしくなれたり、何かの拍子に過去を振り返ったときに忘れていたものを思い出せるかもしれないですよね。『おどりば』とは、内と外だけでなく、現在と過去や異界をつなぐ場所。最初から、ある人物をほかの短編にも登場させて、過去にワープさせてみようとは考えていたわけではないんです。構成をはじめから決めていたわけでもなくて。書きながら、じゃ、今回はこの人を再登場させてみようかという感じ。書き始めるまでは自分でもまったくわからなかったですね」
7つの短編のなかに、唯一主人公が人間ではない『小鬼ちゃんのあした』という作品があります。この小鬼ちゃんが異界の代表者なんですね。
「人間ではない小鬼ちゃんには、“自分だけの世界にいる淋しさ”がある。でもそれは、“自分がどこにいるのかわからない淋しさ、心もとなさ”と同じなんですよね」

野中さんの作品の中には、迷ってばかりで頼りない人と、すべてを達観した人がよく登場しますが、その関係と似ているのでしょうか?
「そうですね。最初の短編に登場する依子さんとタミさんの関係も同じです。36歳で結婚もせず、仕事もしていない依子さんがすごく頼りない存在。一方、おどりばで座っているタミさんは自分の世界を持ち、ほしいもの、待っているものもわかっていて、人生を達観している存在。でも、ふたりともどこか似ていて、同じように淋しいのだと思う」
ちなみに野中さんは、どちらのタイプですか?
「大学生のころから、おじいさんのようだとか、ばばくさいとか言われてました(笑)。でも、起きたときに、ここは日本? アメリカ? 夢の中!と、自分の居場所がわからなくなることもありますよ。両面あるのかもしれません。私自身が上昇志向ではないので、迷っていてもいいと思うんです。本当はこうしたほうがいいとわかっていても、できないこともあるし。迷っていても、今を否定したくない。過去を振り返ってみると大切なものってあるよ、ということが、少しでも伝わってくれたら、いいのかな。人の生き方って、過去の時間の中でコツコツと積み上げられ、つくりあげられていくものだと思うんです」
今回の短編では、タイル職人や衣装の縫子さんといった職人さんが登場しますが、それも人生の象徴になっているのでしょうか?
「そうですね。本当に人生って、欠けたタイルを一つひとつ貼り合わせたり、洋服のほころびを縫い合わせていくようなものだと思う。タイル職人を登場させたのは、私がタイルフリークだから!というのもありますね。1900年に建てられたニューヨークのアパートは、おどりばが八角形のタイル。これがいい味なんです。そうすると、知りたい気持ちがむくむくと沸き上がってきて、調べる。基本的に、自分が好きなこと、興味があることを書きたいタイプなんです。最近、ベランダ園芸にも凝っていて、ニューヨークでイヌ山椒の木を買った顛末も、いろいろ調べたので短編のなかに生かしました」
ホームページを拝見しても、料理はとびきりおいしそうだし、絵も描けば、園芸もやり、今日のネックレスも手作りと多趣味の野中さん。ニューヨーク生活をエンジョイされているようですが、15年間で一番変わったことは?
「日本語を大事に扱うようになりましたね。日本語の本って高いから、吟味して買わなければいけないし(笑)。この感覚は、日本にいたら持てなかったかもしれないですね」
野中さんの日本語は、五感を気持ち良く刺激してくれる。7つの物語のあとに、残るのは、人肌に触れたような懐かしい温もりだ。
構成・文/丸山佳子
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