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渡辺淳一 孤舟(こしゅう)
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 キッチンのテーブルには、トーストとハムエッグと、ポタージュスープが並んでいる。
 とくにご馳走というわけでもないが、妻がつくってくれて、その妻が目の前に座っていることが珍しく、新鮮なことのように思われてくる。
 たしかに朝食は、こうして食べるものだった、と改めて納得する。
「腰のほう、病院に行かなくていいんですか?」
「もう、行ってきた」
「お薬は?」
「服んでいる」
 その本には、「妻には優しく」と書いてあったが、咄嗟には変えられそうもない。
「でも、どうして、そんなことになったの」
 妻は、ぎっくり腰になった原因を知りたいようである。
「ちょっと、部屋の本を整理しようと思って、段ボール箱に入れて持ち上げようとしたら……」
「そんなことで……」
 そんなことであろうがなかろうが、痛くなったのだから仕方がない。
「でも、会社に行ってなくて、よかったわね」
 すでに辞めているのに、今更、そんなことはいわれたくない。
「もう歳なのですから、気をつけてくださいね」
 こちらのことを案じているのか、冷やかしているのか。とにかく妻のいうことをきいていると鬱陶しくなるだけなので、食事を終えると、早々にリビングルームのソファーで横になる。
 そのままテレビを見ていると、妻が朝食の後片付けをして、部屋の掃除をはじめる。
 威一郎がいるのに、かまわず掃除機を動かすが不思議なことに、その音が、久しぶりに聞く家庭の音のような気がして気持ちが休まる。
 今までなら、こんなことに安んじることなどなかったのに。これも腰を痛めて弱気になった故か。
 そのまま三十分ほどして自分の部屋に戻ると、妻が追いかけるように入ってくる。
「どうしたんだ」
 思わずきくと、素早くあたりを見回し、
「あのう、前に預けた、通帳、どこですか?」
「通帳?」
 銀行の預金通帳のことをいっているようだが、どうするつもりなのか。解せずにいると、妻が正面に立つ。
「もう戻ってきたのですから、生活費は要らないでしょう」
 そういわれても、通帳を渡したら、こちらはまた無一文になる。
「これから、わたしが預かりますから」
「でも……」
「大丈夫です、お小遣いはきちんと差し上げます」
 ここで「渡さない」といったら、妻はまた怒り出して大喧嘩になるかもしれない。
 今は体調が悪いときでもあるから、できるだけ穏便にすませたい。
 仕方なく、威一郎は机の鍵のかかる抽斗から通帳を取り出して、妻に渡す。
 受け取ると同時に妻は通帳を開き、素早くなかみを確認したようである。
「こんなに、費って……」
 驚くとは思っていたが、それはすべて小西君とのデートに費ったものである。
「まあ、いろいろと……」
 曖昧にいうと、妻が即座に切り込んでくる。
「いろいろって……女に入れ込んだのでしょう」
「なにも、そんなわけじゃない。ゴルフに行ったり、食事をしたり……」
「それだけですか?」
 厳しい問い詰めに、威一郎は苛立つ。
「俺だって、たまに楽しんでもいいだろう」
「もう、思いきり楽しんだでしょう」
 それだけいうと、妻は通帳をするりとエプロンのポケットに入れ、身を翻すように去っていく。
 まったく、これでは小西君との京都行きも難しくなるかもしれない。
 不安になって携帯を見ると、明るく点滅して呼出音が鳴りだす。
 誰からなのか、慌てて画面を見ると、娘の美佳からである。
 威一郎は一つうなずき、「もしもし」と出ると、「お父さん」と娘の甲高い声が返ってくる。
「わたし、美佳よ。ねえ、お母さんどうしてる?」
「どうしてるって、家にいるけど」
「うまく、いってる?」
 これがうまくいっている状態なのか、否か。はっきりわからないが、なにか、ようやく落着いた感じがしないでもない。
「大変でしょう」
 たしかに大変だが、そうでもないといったら、そうでもないかもしれない。
「お母さん、勝手だから。お父さんもいいたいことは、はっきりいうようにしたほうがいいわよ」
「うん……」
 それはそのとおりだが、今更、地に乱を呼ぶのも億劫である。
「今度の日曜には、わたしも行ってみるから、それまで頑張ってね」
 ここまできて、とくに頑張る気もないが、威一郎は、「わかった、ありがとう」といって、電話を切る。


(つづく)

*マリソル オンラインへの小説掲載は、雑誌発売日の1週間後です。
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BAR 孤舟
村山由佳さんとのツーショット
ヤブの会コンペ。はい、チーズ!
渡辺先生のティーショット
美女に囲まれてのお誕生日
 そして再びまた
 ひと月のご無沙汰でございます。
 こないだまで暑かったような気もするのに、何だか冬の気配がそこまでやってきているような日々ですが、皆さまは、いかがお過ごしでしょうか。
 お蔭さまで、「孤舟」の連載も、いよいよ来月には最終回を迎えます。
 ご愛読いただき、ありがとうございます。
 
 先月は、小西くんと奥さんのニアミス事件を何とかしのいだ威一郎さん。
 今月は、とうとう念願叶って、めでたく小西くんとの京都旅行かと思いきや、ぎっくり腰になってしまい、弱気の虫に取り憑かれてしまうという展開。そこに、なんとまた奥さんが帰ってきて……。
 いやはや、うまくは事は運ばないものでありますね。
 しかし、奥さんは何で帰ってきたのでしょうか。転がり込んで一緒に住んでいた娘さんと喧嘩したようですが、「きっと前回帰宅した折に、女性の影を感じて心配になったのではないだろうか」とは、読者のひとりである、わたくしの上司の分析です。「だとすれば、奥さんはまだ威一郎さんのことを愛しているといえる。元の鞘に収まるような気がするな、この夫婦」と、さらに大胆予測。
 果てさて、どうして帰ってこようと思ったのでしょうか。わたくしには、まったく検討がつきません。どなたか教えていただけないでしょうか。
 何はともあれ、泣いても笑っても来月が最終回。乞うご期待! でございます。

 さてさて、このひと月も渡辺先生は、大忙しでございました。
 10月中旬、先生は、中央公論文芸賞のパーティに、選考委員として出席されました。本年『ダブル・ファンタジー』で受賞された村山由佳さんと記念のツーショット。授賞式のあと、2次会にも顔を出されスピーチをされました。
 村山さんは、9月に刊行になりました集英社文庫『化身』の解説を書いてくださいました。この作品は、現代の「源氏物語」といいましょうか、光源氏と紫の上を想わせる人気文芸評論家と銀座のクラブで働いていた若きヒロインとの愛の物語です。まだお読みになっていらっしゃらなければ、ぜひお買い求めくださいませ。
 どんぐりの会、ヤブの会と先生を囲むゴルフコンペが続きました。
 写真は、スタート前の集合写真と先生のテー・ショットです。どちらも、ファイブハンドレッドクラブで行われました。好天に恵まれ、うっすら雪をいただいた富士山がとてもきれいだったのが印象に残っております。両日ともわたくし、ゴルフの調子が悪くて、それぐらいしか憶えていないのです。トホホです。
 10月は、なんと言っても、先生の誕生月です。
 このコーナーでも、第3回「45歳のお誕生日」で、誕生会の模様はご紹介しました。そして再びまた、今年も、渋谷のタントタントで、誕生会が開かれました。
 誕生会のあとは、有志と連れだって行きつけのお店で2次会に。過日の大イベント「直木賞受賞40年を祝う会」の映像をみんなで鑑賞。その会場に使わせていただいた東京會舘の方が、わざわざ先生のために特製のバースディ・ケーキを差し入れてくださるというサプライズ付きでした。
「おれも、今ではすっかり孤舟族だよ」とおっしゃって、ニッコリ微笑まれたヤブの会の大先輩とも、再びまたお会いすることができました。賑やかな一夜でありました。
 講演会に、エッセイや「天上紅蓮」の執筆にとお忙しいなか、先生は「孤舟」最終回の原稿を書かれております。明日、読ませていただけるのが何よりの楽しみです。
 頑張れ! 威一郎さん。フレフレ! 孤舟族。
 威一郎さんにとって、ハッピーエンドでありますように願っております。
 ご意見、ご感想、お待ちしております。どしどしお寄せくださいませ。当BAR孤舟のチーフ・バーテンダー、ひろしがお送りしました。
 それでは、また来月のご来店を心からお持ちしております。
各社の担当編集者たちと乾杯!
「ハッピー、バースディ、先生!」の大合唱に包まれて
花束贈呈は『鈍感力』の担当者から
サプライズの差し入れ、特製のケーキ
 ファイブハンドレッドクラブ
  TEL055−993−0500
  〒410−1116 静岡県裾野市千福953−2

 タント タント渋谷店
  TEL03−3477−3881
  〒150−0043 渋谷区道玄坂2−24−1 東急百貨店本店8F
「孤舟」の感想をお寄せください。
 著者初の「雑誌」×「ネット」×「携帯」のクロスメディア小説「孤舟」の感想、渡辺淳一先生へのメッセージをお寄せください。いただいたコメントは、一部編集のうえ、このマリソル オンラインに掲載させていただく場合があります。あらかじめご了承ください。
「孤舟」へのご感想はこちらから
渡辺淳一 楽屋日記
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