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渡辺淳一 孤舟(こしゅう)
第14回 ニアミス
 そろそろ夏も終るが、威一郎(いいちろう)の小西(こにし)君への思いはとどまるところがない。
 しかしこれまでの経緯からみて、自宅で口説くのは難しそうである。
 たまたま、妻や娘たちが家を出ていて一人住まいだし、万事勝手知った自宅でならやり易いだろう。
 そう思って何度か呼んでみたが、小西君の警戒心が強いうえに、自宅ではやはりムードがなさすぎる。くわえて味方になると思ったコタロウがこちらを監視しているようで、意外にやりにくい。
 やはり、彼女を口説くためにはどこか旅行に出かけたほうがよさそうである。旅に出て、ロマンチックなところにでも行けば、彼女もその気になって、受け入れてくれるかもしれない。
 むろんお金がかかるが、それなりの秘めごとをやる以上、ある程度の出費は覚悟すべきである。
 そこでまず頭に浮かんだのが、京都に出かけることである。
 もう八月も終る。秋の気風が忍びこむとき嵯峨野あたりを散策するのも、悪くはないかもしれない。
 あのあたりで、威一郎が一番気に入っているのは、広沢池から大沢池に続く田舎道である。あそこを行くと、なにか千年前の大宮人になったような安らぎを覚える。そこで大覚寺を見て、さらに嵐山まで出て清流を見る。その途中、嵯峨野名物の湯どうふを食べてもいいかもしれない。
 考えるうちに、威一郎の思いはかぎりなくふくらんでいく。
 そのあと、京都はまだ暑そうなので、琵琶湖巡りでもしたらどうだろう。それも北琵琶湖の、人のあまり来ないところに行ってみたい。
 京都とその湖畔のホテルと、二泊三日の旅を重ねたら、彼女もその気になってくれるかもしれない。
 ただ、ここで問題になるのは部屋割りである。
 できることなら、旅館でもホテルでも、やや大きめの部屋に、二人で一緒に泊まりたい。
 多分、彼女は嫌だというだろうが、それなら別々でもかまわない。
 一応、別にして、夜、チャンスを狙う。旅に出た解放感とロマンチックな気分。さらにこれだけのことをしてくれる男への感謝の気持ち。さまざまな思いから、ふと、許してもいい、という気にならぬともかぎらない。
 いや、きっとそうなるはずだ。
 これまでの経緯からみても、彼女は自分を嫌ってはいない。年齢も違いすぎて、結婚などできる可能性もないのだから、いわゆる恋人同士のような関係になるのは難しいかもしれないが、優しくて面白いおじさん、くらいには思っているはずである。
 とにかく、まず旅に出ることである。騒々しい東京を離れて、秋めく古都やロマンチックな湖畔の景色を見るうちに、彼女の気持ちも変るかもしれない。
 いや、きっと変るはずだ。
 もしかして、彼女はそういうところで求められることを、待っているのかもしれない。
 それにしても、京都へ行くとしたら、ホテルなども含めて早急に調べる必要がある。
 気持ちの盛りあがるまま、昨日、威一郎は駅前の旅行会社に行って、京都観光の資料をもらい、ホテルのこともきいてきた。
 職の無い威一郎はいつでもいいが、小西君はやはり週末か連休の頃がいいかもしれない。
 やはり行く以上は二泊三日で、このいずれかで、彼女を抱き締めることができたら最高である。
 資料を見るうちに、威一郎の夢はかぎりなく広がっていく。

 その日、土曜日の夕方、威一郎は駅前の商店街から、水のボトルと小西君の好きなアイスクリームとシャーベットを二個ずつ買ってきた。
 まだ夕方五時を過ぎたばかりで、初秋の太陽は明るく、マンションへの小さな坂道を上っただけで、首から背中に汗が滲んでくる。
 だが、威一郎の心ははずんでいる。
 今日このあと、六時に小西君が家に来てくれる。
 もともと小西君はデートの指定を平日に受けて、週末は休むようにしているようである。土曜、日曜は友達と会ったり、実家に戻ったりしているので、クラブを通じての予約は断るようにしている、といっていた。
 そこで昨日の午後、思いきって小西君に直接メールをして頼んでみると、「直接伺います」という返事がきた。しかも、いつもは七時近くになるのに、土曜日なので、一時間早く来られるという。
 むろん、正規にデート料は払うが、クラブを通さず約束できたことが嬉しい。
 もし来たら、今夜のうちに、小西君と京都に行く約束をとりつけておきたい。秋の連休になると混み合うので、できることなら、その前の週末に行きたい。
「今夜は、京都へ行く話をたっぷりしよう」
 自分にいいきかせながら、坂を上りきると、マンションの前にタクシーが停まっている。
 どこの部屋の人なのか、そのまま横を通り過ぎようとすると、「あっ、お父さん」と若い女性の声がする。
 
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