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渡辺淳一 孤舟(こしゅう)
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 だが娘は、「でもね……」と宥めるようにいう。
「お母さんだって、好きにさせてもらっているんだから、お父さんばかり責めるのは可哀相でしょう。少しは、お父さんも自由にさせてあげたら……」
 そのとおりだ。美佳の思いがけない加勢に威一郎は救われた気がして、ゆっくりうなずく。
 娘にそこまでいわれて、妻も少しは応えたのか、「でも、美佳だってわかるでしょう」と、いくらか穏やかな口調でいう。
「キッチンは女の城ですから、使い勝手がそれぞれ違うのよ。そこに知らない人に入られると、その人が自分の家に住んでいるような気がして気味が悪いわ」
 そういうものなのかと、威一郎がうなずきかけると、娘がいう。
「お母さんのいうこと、わかるけど。とりあえず、お部屋を綺麗にしてもらったんだから、いいじゃない」
「そんな問題じゃないの。いくら片付いていても、わたしには泥棒にさんざん引っかき回された後みたいで、気分が悪いの」
 泥棒とはひど過ぎるが、妻の気分が悪いという気持ちもわからぬわけではない。
 そのまま威一郎が軽く頭を垂れていると、妻がきっぱりと命令するようにいう。
「今後、わたしがいないからといって、勝手に誰かを呼ぶようなことは、決してしないでください」
 正直いって、それに「イエス」とも「ノー」ともいえない。
 それより、ここは一旦、引き下がるのが賢明かもしれない。
 威一郎はゆっくり立ち上がり、妻と娘と、二人の間を分けるように出口に向かい、自分の部屋に撤退する。

 一人になって、威一郎は改めて小西君のことを思い出す。
 昨夜、突然あんなことになったが、その後、どうしたろうか。
 もちろん、帰ったとは思うが、余程、怒っているのではないか。懸命に逢えなくなった理由はいったが、もしかして疑っているのではないか。
 急に思いついた出まかせをいっただけに、信じてくれたか心配だが、今更、言い訳しても仕方がない。
 それより、昨夜はきちんと駅まで来てくれたのだから、約束のお金は払うことにしよう。
 しかし、問題は京都行きである。
 部屋を予約するには、できるだけ早く、この二、三日中にもう一度会う必要がある。
 しかし、果たして来てくれるだろうか。あんなことがあったあとだけに不安である。
 それに今度来て、彼女が再び食器や鍋の位置などを変えたら、また大騒ぎになるかもしれない。
 それにしても、どうしてあんなに怒るのか。いっそ初めから、週に一度か二度、家政婦に来てもらっている、といったほうがよかったのか。
 しかしそうしたらそうしたで、お金がかかるとか贅沢だとかいいそうである。
 あいつのことだから、誰がきても、文句をいうことは決まっている。
 でも、今回で妻の目のつけどころが大体わかったから、大丈夫である。
 とにかく、もう一度逢えるよう、メールをしてみようか。
 考えて携帯を開いた途端、ドアをノックする音がして美佳が現れる。
「お父さん、帰るわ」
 突然、なんということをいいだすのか。
「えっ、もう帰るのか?」
「お母さん、相当怒っているみたいだから、わたしのマンションに戻るって、きかないのよ」
 しかし、それだけ家のなかをいじくり回されるのが嫌なら、ここに残るべきではないか。此処は自分の家だといいながら、空けるのは身勝手で、我儘というものである。
 威一郎はそういいたいが、といって居座られても困ることは困る。
「じゃあ、もう戻ってこないのか」
「そんなことはないわ、お母さん、なんだかんだといっても、此処が気に入っているのよ」
「じゃあ、何故、出て行くんだ」
「だから、今は帰りたいの」
 どうも、女の理屈はわからないが、帰りたいという者を強いて引き留めることもしない。
「わからん……」
 威一郎がつぶやくと、美佳が小さく手を振る。
「じゃあお父さん、体に気をつけてね。もしなにかあったら、わたしに連絡して」
 うなずきながら、威一郎は今一度、きいてみる。
「美佳、ママは、もう此処へ戻ってくる気はないのか」
「今はね、お仕事で外へ出て行くのが楽しくて仕方ないみたいだから。でも、いずれ戻ると思うわ」
「いずれか」
「それまで、お父さんも暢んびり遊んでて」
 瞬間、玄関のほうでコタロウが激しく吠える声がして、妻が出て行くようである。
「勝手にしろ」
 胸の中でつぶやくと同時に、娘が「バイバイ」と手を振り、ドアを閉めて行く。


(つづく)

*マリソル オンラインへの小説掲載は、雑誌発売日の1週間後です。
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BAR 孤舟
控え室で開宴を待つ先生。
開会の挨拶を舞台の脇で聞き入る先生。
壇上に咲いた銀座・六本木の花また花。
 直木賞受賞40年を祝う会
 ひと月のご無沙汰でございます。
 天候不順な日が続きますが、それでもすっかり秋めいてまいりました。皆さまは、いかがお過ごしでしょうか。
 お蔭さまで、「孤舟」の連載も14回目。物語は、いよいよ佳境といったところです。毎月、ご愛読いただき、ありがとうございます。

 さて、今月の威一郎さんは、小西くんと奥さんのニアミス事件。ハラハラ、ドキドキさせられました。ばったり出くわして修羅場になるかと思いきや、なんとか事なきを得てひと安心でありました。

 さて、我らが渡辺先生は、一大イベントがございました。
『渡辺淳一さん「直木賞受賞40年を祝う会」』というパーティが催されたのです。
 今回のこのコーナーは、その模様をお伝えしようと思います。

 先月の中ごろ、場所は東京會舘の、直木賞授賞式の行われる会場。延べ700名以上の方々が駆けつけられた盛大なパーティでございました。
 発起人の新聞社・出版社の代表をはじめ、OBならびに現役の担当編集者はもちろんのこと、同業の作家の方々、俳優や画家や政治家の方々、各界から錚々たる方々が出席されました。さらになんと言っても、女優さん、舞妓さんに銀座・六本木のきれいどころ(こういう言い方はもう古いでしょうが……)といった美しき方々が花を添えられて、賑やかなこと、華やかなこと。白河法皇の宴やかくもあるらん(なぜか文語調)といった感じでしょうか。
 皆さんの顔が、いつもの出版パーティより輝いているように見えたのは気のせいでしょうか。
 エレベーターを降りると、たくさんのお花に囲まれて、受賞当時の先生と今の先生の写真を並べたパネルがお出迎え。体の傾き具合いが40年経っても変わらないのが不思議です。
 受付では、「久しぶり!」「お元気そうで!」の再会を喜ぶ声がこだまして、一歩なかに入れば、渡辺先生の40年の歩みを写真と年表でつづる「ミニ文学館」のパネルがズラッと奥まであって、開会まで時間を忘れて展示に見入ることに。
 その間に出版された著作のトータル部数は、どのぐらいだと思われますか。う〜ん、1000万部や2000万部どころじゃありません。あとはご想像にお任せします。とにかく驚愕の部数でありました。

 発起人を代表して文藝春秋会長の上野様のご挨拶で開会。友人代表として大王製紙オーナーの井川様のご挨拶に続いて、賑々しく鏡開き。読売新聞主筆の渡辺様に乾杯のご発声をいただいて……。渡辺先生と発起人の方々がはけた壇上には、お手伝いに駆けつけてくださった銀座・六本木の女性陣、ざっと70名以上。きれいな人ばかりだなぁ、と思わず視線は壇上に釘付けになってしまいます。

 えっ! また酔っぱらって女の人ばっかりに声をかけて歩いてたんじゃないか、鼻の下をのばしてたんじゃないか、ってお叱りを受けそうですが、わたくし、誓ってそんなことはありませんでした。なぜなら、当〈BAR孤舟〉のチーフ・バーテンダーとして、スタッフの一人として働かせていただいておりましたから……。
 とにもかくにも、想い出に残る一夜でありました。
掛け声に合わせて鏡開きの図
発起人の方々に囲まれてにこやかに
馴染みのお店の女性たちと記念撮影
宴もたけなわ。会場の中ほど辺りにて
祗園からは舞妓さんも駆けつけはって…… 入口のパネル。40年前と今の渡辺先生
一夜かぎりの「ミニ文学館」のパネル展示 乾杯のご発声をお願いしたW氏と談笑
 威一郎さんの話に戻ります。
 この40年、威一郎さん、あなたにとってはどんな40年だったのでしょうか。定年退職して今は「孤舟族」の威一郎さんも、40年前は就職したばかりのピカピカの新入社員だったことでしょう。そのころのあなたが、40年後の今の姿を見たらどう思うでしょうか。つい、そんなことを考えてしまいました。いずれにしても、渡辺先生と比べてはいけないかもしれませんね。
 蔭ながらわたくし、小西くんとのこと、成功を祈っております!

 ご意見、ご感想、お待ちしております。どしどしお寄せくださいませ。
 それでは、また来月のご来店を心からお持ちしております。
「孤舟」の感想をお寄せください。
 著者初の「雑誌」×「ネット」×「携帯」のクロスメディア小説「孤舟」の感想、渡辺淳一先生へのメッセージをお寄せください。いただいたコメントは、一部編集のうえ、このマリソル オンラインに掲載させていただく場合があります。あらかじめご了承ください。
「孤舟」へのご感想はこちらから
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