ファッションやビューティ情報満載。集英社女性誌を中心としたポータルサイト

s-woman.net

渡辺淳一 孤舟(こしゅう)
第10回 アバンチュール
 その日、威一郎(いいちろう)は虎ノ門にあるホテルに六時ちょうどに着いた。
 このホテルに決めたのは、古くからある有名なホテルであるわりに、入口のあたりが落着いていて、待ち合わせをするにはわかり易いからである。
 此処で今日これから逢う相手は、先日、デートクラブで約束した女性である。
 名前は小西佐知子(こにしさちこ)で、二十七歳のOLということになっていたが、はたして本当なのか。
 真偽のほどは不明だが、顔は、あらかじめ写真を見せてもらったのでわかっている。
 はっきりいって、特別美人というわけではないが、目はくっきりとして愛らしかったし、身長は一六一センチとなっていたから、会えばわかるはずである。
 それに、このホテルの入口に着いたところで、威一郎の携帯に電話をくれることになっているから、間違うことはなさそうである。
 約束時間は六時半で、まだ三十分近く余裕があるが、そのあいだに、彼女と二人で行く場所を決めておく必要がある。
 このホテルに威一郎は泊まったことはないが、現役の頃からパーティーや会合などで何度か来ていて、おおよその見当はついている。
 まず今夜の彼女との食事だが、たしか本館の下にあったレストランが、値段や雰囲気からいっても無難なような気がする。
 そこで威一郎はまずホテルの案内板を見て、予定のレストランが一階にあるのを確かめてから、フロントのある五階からエレベーターで一階へ降りる。
 そこから右手に伸びている廊下を行くと、たしかに「ガーデンレストラン」というのがあり、行ってみるとまだかなり空いているようである。
 入口から奥を覗くと、レストランの左手に小さな庭が見えて雰囲気は良さそうだし、値段もさほど高くなさそうである。
 「よし、ここでいい」
 威一郎はまず食事の場所を決めてから、エレベーターでフロントフロアーに戻り、入口右手の奥にあるバーを覗いてみる。
 此処へは現役の頃、取引先の連中と何度か飲みにきたことがあるが、入口やカウンターの雰囲気は当時のまま、ほとんど変っていないようである。
 「もし、彼女が少し飲むといったら、ここにこよう」
 そこまで決めて時計を見ると、六時二十分である。
 そろそろ彼女が現れる時間だが、どこで待つことにしようか。
 威一郎はいったん、正面入口に行き、彼女らしい女性がいないのを確かめてから、奥のフロアーへ進む。
 途中、大きな椿の花が活けてあり、そのまわりに椅子が置かれているが、そこで座っているのでは、いかにも人待ち顔に見えるかもしれない。
 それより、何気なく待っているように見せるには、その奥の円く大きなテーブルを囲んでいる椅子がよさそうである。
 そこで正面に軽く横向きに座っていたら、自然かもしれない。
 場所が決まったところで、威一郎はトイレに行き、鏡に自分の姿を映してみる。
 今夜は珍しく、グレーのスーツにネクタイを締めてきたが、柄は淡いピンクの地に黄色のラインが入った、やや派手めのものを選んだ。また髪の毛はかなり薄くなってきているが、ハードなヘアスプレーで盛り上げたのでまずまずである。
 ゆっくり確かめ、眼鏡を軽くおさえてから再びフロントに戻り、右手のわきのほうから、先程決めた円いテーブルの右端にある椅子に横向きに座る。
 「これなら、いいだろう」
 考えてみると、こんなところで女性と逢うのは初めてである。現役の頃は、ホテルでデートをするような大胆なことは、する気もなかったし、したこともない。それに比べたら、退職した今はずいぶん気が楽だが、それにしても、かなりいい度胸である。
 「俺も、けっこうやれるんだ……」
 自分につぶやいて、苦笑したとき、ポケットの中の携帯電話が鳴る。
 
 |   |   |   | 
次のページへ
バックナンバー
↑ページの先頭に戻る
石井ゆかりの星占いスペシャル 運命、3つの転機 YEAR2012 TwitterでMarisolアカウントが登場!
年間定期購読のお申込 最新号試し読み 最新号の目次と次号予告 雑誌掲載商品のお問い合わせ先
マリソルトップへ戻る
s-woman.netトップページ

おすすめ情報
ショッピング

FLAG SHOP

集英社・東日本大地震被災者支援募金のお知らせ
集英社からのお知らせ
 
サイト内検索