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渡辺淳一 孤舟(こしゅう)
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 そのまま黙っていると、ボーイがシェイカーを振りはじめる。それが終り、再び朱のカクテルが彼女の前に置かれたところで、思いきってたずねてみる。
 「あのう、僕とまた会ってくれますか」
 「ええ、もちろん」
 彼女が素直にうなずくが、二人のあいだに少し行き違いがあるようである。
 威一郎は、今度はクラブを通さず、直接、逢いたいと思っているのだが、彼女は今回と同じように、クラブを通して会うのだと、思っているようである。
 この機会とばかり、威一郎はさらに踏み込んできく。
 「これ、僕たちだけの約束で会う、というようなわけには、いかないのかな」
 彼女は困ったように、しばらくカクテルを見てから答える。
 「一応、クラブを通して、ということになっていますので……」
 「でも、通さなくても、君がいいということなら、かまわないでしょう」
 そのほうが、デート料を余計にとられなくてすむし、それに見合うお金は、こちらから直接、彼女に手渡してもいい。むろん、場合によっては、それより多少多くてもかまわない。
 いずれにせよ、そのほうが、こちらも彼女も得だと思うが、いまそこまではいいすぎかもと思いながら、いってみる。
 「もちろん、お礼はきちんとするけど」
 彼女は再び黙り込んだが、やがてそっとうなずく。
 「あのう、それはわかりましたけど、まだ一度目ですので……」
 たしかに、初めて会っただけで、次回からはクラブに内緒で、というのでは少し勝手すぎるかもしれない。
 それより互いに、もう一度か二度会い、よく話し合ったうえで決めるのが自然かもしれない。
 「わかった、じゃあ、またクラブを通して連絡しますよ。君はいつがいいの?」
 「あのう、火曜日か木曜がいいんですけど」
 たしかに今日は木曜日だが、威一郎のほうには、とくにいつでなければ、という制約はない。
 「じゃあ、今度の火曜日、正式に予約するから、空けておいてください」
 「わかりました」
 小西君はかすかに頭を下げて、うなずく。

 その夜、バーを出て、小西君と別れたのは八時半だった。
 正面入口で会ってから二時間しか経っていないが、威一郎は充分満足であった。
 もちろん、さらに一時間、一緒にいるように求めても、彼女が断るとは思えない。
 しかし、だからといって、時間ぎりぎりまで強要するのは、あまり格好のいいものではない。それより、一時間余裕を残して解放してやるほうが、彼女もほっとして、こちらに好印象を抱くに違いない。
 そんな打算というか、思惑があったことも確かである。
 いずれにせよ、初めてのデートで、小西君が気に入ったことは間違いない。
 はっきりいって、彼女は特別美しいわけでも、スタイルがいいわけでもない。普通の顔立ちで身長も高くもなく低くもない。やややせ気味だが、それが愛らしくも見える。
 実際、話してみても、とくに頭の回転がいいとか、弁が立つ、というわけでもない。
 ごく普通の女性のようだが、そこが今の威一郎には安心できて好ましい。
 「六十過ぎた、定年になった男には、まずまずの彼女だろう」
 威一郎は自分にいいきかせ、一人で納得して、上機嫌で帰路に着く。
 「ただいまぁ」
 家に着いて声を出してみるが、中は暗くて誰もいない。
 そんな闇の中から、コタロウだけが吠えながら飛びついてくる。
 「よしよし、淋しかったか。もう帰ってきたからな、安心しろ」
 威一郎は抱き上げながら諭(さと)し、それから思い出したようにいってやる。
 「可愛い、お姉ちゃんがな、お前を好きだとっていたから、今度会わせてやるからな」
 犬に囁(ささや)きながら、「これだけは必ず実現させるぞ」と自分にいいきかせる。


(つづく)

*マリソル オンラインへの小説掲載は、雑誌発売日の1週間後です。
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BAR 孤舟
渡辺先生、ただ今メイク中
クラブ数寄屋橋のママと
レディ・エイティ
 レディ・エイティ
 ひと月のご無沙汰でございます。皆さま、いかがお過ごしでしたでしょうか。
 お蔭さまで、「孤舟」の連載も、ついに10回目を迎えることになりました。
 毎月、ご愛読ありがとうございます。

 先月、ご来店いただいたお客様にはお話ししましたが、渡辺先生とご一緒した虎ノ門の名門ホテル。今回、小説のなかに出てまいりました。
 しかも、威一郎さんの記念すべき初デートの場所です。
 家庭での威一郎さんを見ていたら、大丈夫かな? と心配でしたが、いやいやどうして、なかなかではございませんか。ちょっと安心しました。
 ちゃんと下見をして、待ち合わせの便を考えて、そして、最後は深追いをしないで……。
 なんだ、家の外では、シャキッとするんだなあ、この人は。そう感じましたが、皆さまはいかがお思いでしょうか。
 それにしても、威一郎さんのお相手、小西佐知子さんとの今後が楽しみです。

 今月も先生は、テレビ出演や取材旅行にと過密なスケジュールをこなしておられました。もちろん、その合間を縫って「孤舟」の原稿もお書きになられていますので、本当にお忙しい毎日です。

 写真は、テレビの収録まえに、メイクを受ける先生。
 続いて、老舗の文壇クラブ・数寄屋橋にて、『文壇バー』の著者でもあるママとのツーショット。
 さらに、初デートで佐知子さんが飲む「レディ・エイティ」。
 ちなみに、ドライジン2/4、アプリコットブランデー1/4、パイナップルジュース1/4、グレナデンシロップを2ティースプーン。これをシェイクしたものであります。
 甘めで、さっぱりしていて飲みやすいのですが、けっこう強めなカクテルです。まさにレディキラーと言えましょう。女性を酔わせたい方にオススメであります。ご自分が何杯も飲んで、先にぐでんぐでんにならないようご注意くださいませ。

 またまた、宣伝になってしまいますが、5月下旬、渡辺淳一〈おとなの恋愛小説〉コレクション第3弾『くれなゐ』が刊行になりました。
 お忙しいなか、集英社までサイン本を作成に来社されました。
 一気に数百冊を20分あまりで、ササーッと終えられて、ひと休みされている光景と、サインしていただいた本をテーブルの上に並べたら、まるで赤く咲き乱れる花畑のようなので写真におさめたもの、そして解説を書いてくださった角田光代さんにサイン本を作られている最中のスナップをアップいたします。
『くれなゐ』も大反響で、発売たちまち重版になりました。
 お買い上げいただいた読者の方々、ありがとうございました。
 また、7月にはコレクション第4弾『野わけ』が刊行となります。乞うご期待! であります。
サイン本作成を終えてひと休み
くれなゐ花畑
角田光代さんへのサイン本
 そろそろ、羽田空港に向けて出かけなければなりません。
 先生を待たせてはいけませんので、今月は短めに、これにて閉店とさせていただきます。


 ご意見、ご感想、お待ちしております。どしどしお寄せくださいませ。
 ではでは、またのご来店を心からお持ちしております。
「孤舟」の感想をお寄せください。
 著者初の「雑誌」×「ネット」×「携帯」のクロスメディア小説「孤舟」の感想、渡辺淳一先生へのメッセージをお寄せください。いただいたコメントは、一部編集のうえ、このマリソル オンラインに掲載させていただく場合があります。あらかじめご了承ください。
「孤舟」へのご感想はこちらから
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