

大好評発売中
金原ひとみ・著
集英社・刊
定価:1260円(税込)
パソコンの画面に残された、支離滅裂な「錯文」。これを書いたのは私なのか、それとも私ではない私なのか。その「分かたれた感覚」を、私は「彼」に伝えようとするのだけれど……。『蛇にピアス』『アッシュベイビー』につづく話題作!

昼夜逆転した生活で、お酒を飲みながらパソコンに向かう、若き作家の主人公……。『AMEBIC』を読んでいると、主人公と金原さん自身が重なって見えてくる。この作品にはどれくらい、金原さんの体験が投影されているのだろうか。
「かなり自分に近い設定になっているので、読む方はそう思うでしょうね。でも、自分自身ではありません。今回、徹底的に内面世界に入っていくので、登場人物に名前がないほうが入りやすいと思って、名前をつけませんでした。だけど、かなり内容がシュールなので、現実味を持たせるために、自分が実際に体験したことを散りばめていったんです。たとえば最初のほうに出てくる、主人公が子供の頃の“ライン踏み”のエピソード。あれは本当にやっていました。自分にしかわからない楽しみ、というところが、この作品の孤独感と似通っているんじゃないかな、と思うんです」
錯乱していた自分がダウンロードした、テロリストの殺害映像。正気のときの主人公がその映像を見つけてびっくりするシーンがあるが、これも本当にあったエピソードだそう。
「残ってたんですよ、携帯に。自分でダウンロードしたことが記憶にはあるんですけど、それを見た瞬間、うわーーーって。すごいこわくて……。私、正気のときには、そういうのが見られない方なんです。それをいっしょに住んでいる彼にケラケラ笑いながら見せた記憶があって、これを見て笑って人に見せていたんだ、と、信じられなくて。全く別の人格とまでは言えないけど、整理できていない自分がいるということが、すごい恐怖でした。今までにも分裂感覚はあったんですが、分裂した自分が一個人として主張してくることはなかったんです。唐突に現れてきた感じがあって、驚くと同時に、そこを作品でつきつめてみたい、という気持ちが生まれました」
主人公には、雑誌編集者の恋人がいる。けれども、彼には婚約者がいる。婚約者の職業はパティシエ。ちっとも好きではない、むしろ憎んでいるスイーツをえんえんと作り続ける主人公の描写には迫力があるが、金原さんが最近こっていることが「お菓子作り」と聞いて、また主人公の姿と重なってしまった。
「バレンタイン・デーに、久々に手作りしようと思って始めたら、楽しくて。ケーキ、クッキー、冷製菓子。すごいペースで作り続けてるんです。もう、きわめつつあります。でも自分はあまり食べないので、全部、彼氏に。彼もあまり甘いものは好きではないので、悪いことしてますね(笑)。1回やり始めると止まらなくなるほうなんです。でも最近、ちょっと熱がおさまってきました」
この婚約者が主人公の前に登場するシーンは、インパクト大。それまで閉じられていた『AMEBIC』の世界が、大きく揺らぐ瞬間だ。
「主人公の内なる世界、閉じられた世界に土足で踏み入ってくるのは、この婚約者だけなんです。そこで主人公はいやおうなく、もうひとりの自分について考えることを迫られる。そういう強い力を持った人物ですが、私にとっては、書きづらい人物でした。すごく気持ち悪いキャラクターというか、彼女が何者なのか、とてもつかみづらかったんです。だけど別の視点から見れば、主人公のほうがヘンで、この婚約者のほうが普通の人なんですよね」
インタビュー・文/石川敦子