

大好評発売中
金原ひとみ・著
集英社・刊
定価:1260円(税込)
パソコンの画面に残された、支離滅裂な「錯文」。これを書いたのは私なのか、それとも私ではない私なのか。その「分かたれた感覚」を、私は「彼」に伝えようとするのだけれど……。『蛇にピアス』『アッシュベイビー』につづく話題作!

金原ひとみさんの新作『AMEBIC』は、いきなり3ページぶっ続け改行なしの、錯乱した文章で始まる。主人公は、女性作家。ときどき意識が朦朧とするほど錯乱することがあり、そのときに文章を書き残す癖がある。彼女はそれを「錯文」と呼んでいる。ところどころに、その錯文が織り交ぜられながら、物語は進行する。深い深い意識の底にもぐって、言葉にならない感覚を汲み上げたような文章は、決してわかりやすい日常の描写ではない。にも関わらずリアルさにあふれ、読み進むほどに主人公の内面世界にひきこまれていく。
「この作品を書き始めたきっかけは、私自身の『錯文』だったんです。パソコンに錯乱した文章が残っていて、あまりはっきりとは覚えていないけど、自分が書いたらしい。最初は『ヘぇー』とおもしろがって見ていました。それがいくつかたまっていったときに、ただの錯文では片付けられない、と思い始めたんです。その錯文をもとに、去年の暮れから4か月くらい、ほとんど家にこもりきりで書きました。特に錯文の部分を書くときは、向かう視線はパソコンだけ。イヤホンで音楽を聞きながら、完全に自分の中に閉じこもって、徹底的に自分自身を追い込んでいきましたね」
主人公の内面は、バランスをくずした、危うい世界。正気の自分が保てるか、保てないかという境界線。精神と肉体、内臓と皮膚、触覚までもが分裂した、アミービック(アメーバ状)な感覚……『AMEBIC』には、その緊張感、ギリギリのところで均衡を保っている、張り詰めたパワーが感じられる。ここまで深くもぐっていくことは、かなりの冒険だったのではないだろうか。
「主人公にとって、文章を書くということは、分裂していく自分をつなぎとめることでもありますし、分裂した自分が、その存在をアピールするためのものでもある。錯乱しているときの自分にも思考があって、何かを伝えようとしているんですね。そして正気のときの自分が、それを分析して読み解いていく。そういうストーリーにできたことはよかったと思います。でも、もちろんこわかったですよ。どこまでいっちゃうんだろう、という恐怖感はありました」
「原稿は2週間で一気に書き上げました。その時点では、そこまで深い話だと思っていなかったのですが、読み直して、より伝わりやすく直していこうとしたときに、どんどん深い世界に入り込んでいって。1回、足を踏み入れたら、あれも書かなきゃ、これも書かなきゃ、と限りなく奥まで行ってしまったんです。ついに完成させたときは、ふと“誰かに殺されるんじゃないか”と思ったんですよ。何が起こっても不思議じゃない、ものすごい奇跡が起こったような気分で。そういう精神状態になってたんですね。完成の祝杯をあげにいくとき、途中で車にひかれるんじゃないかと挙動不審になったり、翌月イタリアに行くとき絶対飛行機が落ちる、と真剣に思いつめたほどでした」
インタビュー・文/石川敦子