
東京・神楽坂に立つ高層マンション。そこにはさまざまな人たちが住んでいる。独身でマンションを買った30代の女性。30代後半でようやく子供を授かった夫婦。夫に先立たれた60代の未亡人……石田衣良さんの新刊『愛がいない部屋』は、『スローグッドバイ』『1ポンドの悲しみ』に続き、小説すばる連載の短編を編んだ1冊だ。けれども今回は、心地よくハッピーな気分になれた前2作とは様相が違って、1編1編に痛いほどの苦さがただよう。
「リアルに悲しくなってしまいましたね。おぼろげに、今回は少し変えようとは思っていたんです。それでも、前2作がパステル調の明るい色だとすると、同じパステル調でもスモーキーな寒色系くらいかな、と思っていた。ところがあがってみたら、もっと冷たい色というか……いきなりガラッとトーンが変わってしまったのが自分でも意外でした。幸せな人がいないなぁ、人生辛いなぁ、と。小説って、全てをコントロールできるわけではないんです。自分の気分……というより、自分でもわからないくらいの、もう一段階深いところの色が出るんでしょうね。不思議です」
「書いているときは、心の一部がしびれているような感じでした。たとえば最初の『空を分ける』。恋愛関係にない男女がルームシェアをしていて、あるとき女性のほうが思い切って告白する。すると彼は部屋を出ていってしまう……人間関係で、決定的に距離感が出てしまう瞬間ってありますよね。心の一部がフリーズされてしまうような、悲しい瞬間。今回は、そんな瞬間をたくさん書いています」
ハッピーな物語は「私にもこんなことが起きたらいいなぁ」と夢を描くような気分で読める。けれども『愛がいない部屋』を読んでいると、過去の辛い体験が生々しくよみがえってきたり、「こういうことってあるよね」とほろ苦い気分で同情したり、「なんで幸せになろうとしないの!?」と、もどかしさを感じたり。
「『いばらの城』の女の人もそうですよね。とても素敵な女性なのに、子供の頃からおかあさんに『かわいくない、頭がよくない』と言われ続けたために、そういうふうに心ができあがってしまった。西日がさしこむ、あまり条件のよくない部屋が自分に似合っている、と思ってしまう。悲しいですよね。幸せになってほしいなぁ、と思いながら書いていたのですが、本人に、まだ幸せになる準備ができていない。彼女自身が『私は幸せになっていいんだ』と思えるようになるまでは無理でしょう。でも人間の気持ちって、一回できあがってしまうとなかなか変わらないものですよね。周囲からは“その幸せを受け入れればいいのに”と見えていても、本人にはなかなかわからない。わかった瞬間にはきっと解決するんでしょう。同じようなところでさ迷っている人は、たくさんいるんじゃないかな」
インタビュー・文/石川敦子