
浅田次郎(あさだ・じろう)
1951年東京生まれ。主な著書に『地下鉄(メトロ)に乗って』(吉川英治文学新人賞)、『鉄道員(ぽっぽや)』(直木賞)、『壬生義士伝』(柴田錬三郎賞)、『お腹召しませ』(中央公論文芸賞・司馬遼太郎賞)、『蒼穹の昴』『王妃の館』『天切り松 闇がたり』『中原の虹』などがある。


『鉄道員』(ぽっぽや)。日本中を感動の涙にくれさせたが故に「泣かせの浅田」の異名をとる著者の代表作となり、第117回直木賞を受賞した短篇集だ。その巻末を飾る一作『オリヲン座からの招待状』が、宮沢りえさん・加瀬亮さん主演で映画化、11月3日(土・祝)の全国公開を待つばかりとなった。

「映画化するには難しい小説だろうな、と思いましたね。なぜなら、ストーリーがそれほど筋だってはいないんですよ。現代のある夫婦の思い出から過去の物語にバックして、かといって、過去の話の中のもう1組の夫婦のことがそれほど語られる訳ではない。これをどうやって映画化するんだろうな、と」
原作は、別居中の中年夫婦のやり取りが中心になって話が展開する。それに対して映画では、幼馴染どうしでもあるその夫婦が子供のときに世話になった、映画館の館主夫婦であるトヨと留吉の若い頃にほぼ重点が絞られている。この、「表の裏は表」のようなストーリーが、浅田さんに新鮮な驚きをもたらした。

「あれだけいろんな風に変えながら、一番のポイントである原田芳雄さんの挨拶の台詞だけを、原作にぴったり忠実に残してくれた。これにはびっくりしました。あそこは小説の肝ですからね。原作をよく読み取って、非常に大切にしてくれた。そういう意味では、話は変わっているけれども、鮮やかなストーリーになっていて感心しました。それにしても、原田さんの長台詞、泣かせるよねぇ。原田さん、好きなんですよ。格好いいんだもん」
映画の舞台となった、昭和30年代の京都・西陣。そこでのトヨと留吉、そして2人を巡る人々とのやりとりは、原作では語られていない場面が多い。いわば「膨らませた世界」を生きた宮沢さんと加瀬さんの演技を、原作者として浅田さんはどう見たのだろう。
「りえさんは、トヨのとまどいを上手く演じてましたね。留吉を本当に愛しているのか、もしかするとそれは映画館に対する愛情、もしくは留吉の師匠である亡き旦那への愛情なのかもしれない。それが、トヨ自身にもはっきりわからない。まぁ、世の中そんなにはっきりはわかりませんから、“本当に愛しているのかな”“本当にこの仕事好きなのかな”って、人生、何をやってても、そういうとまどいはあると思うんです。りえさんは、そんなみんなが持ってる曖昧な気持ちをよく演じていて、共感できましたね。
加瀬君は、映画『硫黄島からの手紙』で、いい役者さんだと注目していました。実直な元憲兵役で光っていたイメージが残っていて、キャストを聞いたとき、“ああ、彼だ”と思ったんです。いま、世の中幸せになってるんだから当たり前なんだけど、翳りのある役をできる人がいなくなってしまった。その中で、彼は翳りを演じることができる。最初の、留吉が食うや食わずでオリヲン座にたどり着くシーンは、何の違和感もありませんでしたからね。豊かな時代に生まれ育った子がああいうことをやるのは、飢えってものを知らないから難しいと思うんだけどね」

ところで、『オリヲン座からの招待状』を、浅田さんは“もしかすると『鉄道員』よりも僕らしい小説かもしれない”という。
「『鉄道員』は、もちろん代表作ではあるんだけれども、ちょっと毛色が違うところがあるんです。私的な環境っていうのが何も入ってない。僕の未体験の、夢の世界を書いているんですね、その点、『オリヲン座』は、例えば映画が好きだとか映画館が好きだとか、かつて京都に住んでいたような時期があっただとか、身のまわりのことをベースにして書いているんで、実は案外僕らしい小説。だから、満を持して初めて出した短篇集のトリに置いた訳なんです。一番後ろには自信のある作品を持ってこないとね」
その“ザ・浅田ワールド”な作品の映画化。浅田さんは「大成功だと思いますね」と相好を崩した。
「この映画を観ると、小説と映画との、誠実な愛情関係というのがよくわかります。だから、原作を読んだ人は映画を、映画をご覧になった人は本を読んでみてください。文化のあり方において、映像と小説が理想的な愛情関係にあることがわかる好例だということに気づくと思います。だから、映画では、どんどん話を変えてもらっていいんだよね。“なるほど!”と思わせてくれればいいんですから」
ちなみに、映画ではほとんど触れられることのなかった、田口トモロヲさん・樋口可南子さん演じる夫婦がなぜ別居するに至ったのか、そしてその先どうなるのかは、原作を読んでのお楽しみ。
観てから読むか、読んでから観るか。表裏一体な喜びをご用意して、『オリヲン座からの招待状』は、あなた様のご来館を心よりお待ち申し上げております。
撮影/織田桂子 インタビュー・文/s-woman.net編集部
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